カステラの製法の歴史的変遷
ポルトガルからの贈り物:カステラ製法の旅路
カステラは、今や日本の伝統菓子として親しまれていますが、その起源は16世紀のポルトガルにさかのぼります。南蛮貿易の時代、ポルトガル人宣教師によって「パン・デ・カステラ(Pão de Castela)」として日本に伝えられたこの焼き菓子は、当時の日本人にとって珍しい砂糖をふんだんに使った贅沢な味わいでした。
当初のカステラ製法は、今日私たちが知るものとは大きく異なっていました。卵と砂糖を泡立て、小麦粉を加えるという基本的な工程は変わりませんが、使用する道具や焼成方法は時代とともに進化してきました。
長崎からの発展:日本独自の製法確立

長崎で商人たちによって受け継がれたカステラの技術は、江戸時代を通じて日本の風土や好みに合わせて変化していきました。特筆すべきは「三温糖」の使用開始です。この茶褐色の砂糖がカステラに独特の風味と色合いをもたらし、日本独自のカステラスタイルを確立しました。
製法の面では、18世紀頃から「底付け」と呼ばれる技法が発展しました。これは型の底に薄く水飴や砂糖水を塗り、焼き上がりに特徴的な「皮」を形成させる方法で、現在の長崎カステラの重要な特徴となっています。
近代化と技術革新
明治以降、西洋の製菓技術が本格的に導入されると、カステラ製法も大きく変わりました。手作業だった泡立て工程が機械化され、温度管理も精密になりました。特に1920年代以降、家庭用オーブンの普及により、一般家庭でもカステラ作りが可能になったことは大きな転換点でした。
戦後は製菓科学の発展により、生地の比重や焼成温度の精密な管理が可能になり、均一で安定した品質のカステラが量産されるようになりました。しかし同時に、伝統的な手法を守る老舗も多く、両者が共存する形で現在に至っています。
カステラの製法史を知ることは、単なる知識以上の価値があります。伝統技法を理解することで、家庭でのカステラ作りも一段と深みを増すでしょう。
カステラの起源とポルトガルから日本への伝来
南蛮菓子からの変容 – 16世紀の出会い

カステラの物語は16世紀、ポルトガル人が長崎に来航したときに始まります。「カステラ」という名称は、ポルトガル語の「パン・デ・カステラ(Pão de Castela)」に由来し、「カスティーリャのパン」を意味します。当時、スペインのカスティーリャ地方で作られていた焼き菓子が原型とされています。
ポルトガル商人たちは、長い航海に耐えられる保存食として、卵と砂糖を多く使った菓子を持ち込みました。この菓子は日本人の口に合い、特に長崎で愛されるようになりました。
江戸時代の発展と技術の確立
江戸時代になると、カステラは「南蛮菓子」として高級菓子の地位を確立します。当初は砂糖が非常に高価だったため、将軍家や大名など限られた人々しか口にできない贅沢品でした。
特筆すべきは、日本人職人による伝統技法の確立です。ポルトガル伝来の製法を基に、日本独自の改良が加えられました:
– 水飴の使用: 日本の職人たちは、しっとりとした食感を長く保つために水飴を加える工夫をしました
– 木枠での焼成: 銅製の型ではなく、木枠を使った焼成方法を開発
– 蜜入れ工程: 焼き上がったカステラに蜜を染み込ませる独自の技法
長崎の老舗「福砂屋」の記録によると、1624年頃には既に現在に近い製法が確立されていたとされています。この時期のカステラは現代のものよりも固く、日持ちするように作られていました。
明治時代の大衆化
明治時代に入ると、製糖技術の発展と砂糖の一般化により、カステラはより身近な菓子へと変化していきます。この時期、長崎から全国へとカステラ製法が広がり、地域ごとの特色あるカステラが生まれました。

明治30年代の製法書によると、この頃には既に「ふわふわ」と「しっとり」の両方の食感を追求する技術が記録されています。特に卵を泡立てる技術の向上が、現代のカステラの食感を確立する大きな転機となりました。
カステラ製法の歴史は、日本の菓子文化における「伝統技法」の継承と革新の歴史でもあります。ポルトガルから伝わった焼き菓子が、日本の風土と職人の技によって独自の進化を遂げた美味しい物語なのです。
江戸時代の伝統的カステラ製法と職人の技
江戸時代の伝統的カステラ製法と職人の技
江戸時代に入ると、長崎を中心にカステラ製法は日本独自の発展を遂げていきました。当時の製法は、現代のような電気オーブンはなく、炭火を使った特殊な「蒸し焼き」という技術が用いられていました。この方法は「長崎蒸気焼き(ながさきじょうききやき)」とも呼ばれ、職人の勘と経験に頼る高度な技術でした。
長崎カステラの製法と特徴
江戸時代の長崎カステラは、基本的に卵、砂糖、小麦粉という単純な材料構成ながら、その配合と製法に特徴がありました。
• 卵の扱い:卵は室温に戻し、時には温めながら泡立てることで、きめ細かな泡立ちを実現
• 砂糖の種類:和三盆や白砂糖など、当時入手可能な最高級の砂糖を使用
• 打ち粉:カステラ底面に特徴的な「ざらめ糖」を敷く技法が確立
特に注目すべきは、江戸時代の「一番叩き」と呼ばれる製法です。これは卵と砂糖を丁寧に混ぜ合わせる工程で、現代のハンドミキサーのない時代、職人たちは竹の棒や特製の泡立て器を使い、1〜2時間かけて手作業で泡立てていました。史料によれば、熟練の職人は卵を泡立てる音の変化で状態を判断していたといいます。
カステラ型と焼成技術
江戸時代のカステラは、銅製または木製の専用型を使用して焼かれていました。これらの型は「カステラ筥(はこ)」と呼ばれ、内側に和紙を敷いて生地を流し込む方式でした。焼成温度は炭火の調整で行われ、職人は火床の配置や炭の種類、火力の強さを絶妙に調整していました。
興味深いのは、当時の文献『長崎実録大成』(1778年)には、カステラ職人の修行期間が最低でも7年とされていた記述があることです。これは、カステラ製法が単なる菓子作りではなく、伝統技法(でんとうぎほう)として確立されていた証拠といえるでしょう。

この時代に確立された製法の多くは、材料や道具が変わっても、その本質は現代の長崎カステラにも受け継がれています。特に生地の泡立て方や焼成時の温度管理など、カステラ作りの基本となる技術は、400年の時を超えて私たちの家庭でも応用できる貴重な知恵なのです。
明治・大正期の近代化による製法革新と大量生産の始まり
機械化と製法の標準化
明治時代の到来と共に、日本のカステラ製造は大きな転換期を迎えました。西洋の製菓技術と機械化の波が押し寄せ、それまで職人の手技に頼っていたカステラ作りに科学的アプローチが導入されたのです。1877年(明治10年)頃には、長崎の老舗菓子店「福砂屋」が蒸気機関を利用した卵の攪拌機を導入。これにより、それまで人力で行われていた卵と砂糖の混合工程が機械化され、均一な品質のカステラが効率的に生産できるようになりました。
大量生産と全国展開
大正期に入ると、カステラの製法はさらに進化します。1912年頃には、東京・銀座の「文明堂」が改良型のカステラ製法を確立。従来の長崎カステラよりもふんわりとした食感を実現し、都市部の消費者の嗜好に合わせた新しいスタイルのカステラが誕生しました。この時期の革新的な点は以下の通りです:
– 温度管理技術の向上:恒温オーブンの導入により、均一な焼き上がりが可能に
– 小麦粉の品質改良:国産製粉技術の発展で、きめ細かな食感を実現
– 保存技術の進歩:防腐剤を使わない自然な保存方法の開発
特筆すべきは、1923年(大正12年)の関東大震災後の復興期に、カステラが「日持ちする栄養価の高い菓子」として全国に広まったことです。当時の統計によれば、大正末期には東京だけで年間約50万本のカステラが製造されるようになりました。
伝統と革新の共存
この時代、カステラ製造は「伝統技法」を守りながらも、近代的な「焼き菓子技術」を取り入れるという二面性を持っていました。例えば、和三盆糖を使用する伝統的な製法を守りつつも、温度計や計量器を導入して科学的な製造管理を行うなど、古来の知恵と新しい技術が融合していったのです。
明治・大正期は、カステラが「特別な贈答品」から「日常的に楽しめる菓子」へと変わっていった時代でもあります。この変化は、現代の私たちがキッチンで手軽にカステラを楽しめる基盤を作ったといえるでしょう。
昭和から平成へ:家庭向けカステラレシピの普及と技術の簡略化

昭和時代に入ると、カステラは一般家庭でも作られるようになり、特に戦後の高度経済成長期には家庭向けレシピの普及が進みました。それまで職人の技術と経験に頼っていたカステラ作りが、一般の人々にも手が届くものへと変化していったのです。
家庭用電化製品の普及とカステラ作り
昭和30年代から40年代にかけて、家庭用オーブンや電気ミキサーの普及により、カステラ作りの技術的ハードルが大きく下がりました。特に1960年代に入ると、料理雑誌や料理本で家庭向けのカステラレシピが多数紹介されるようになります。
当時の調査によれば、昭和40年代には約35%の家庭が何らかの形でカステラ作りを経験したというデータがあります。伝統的な製法では欠かせなかった「霰打ち」という技法も、電動ミキサーの登場により簡略化され、卵と砂糖を泡立てる時間が大幅に短縮されました。
インスタント食品時代とカステラミックス
昭和後期から平成初期にかけては、「カステラミックス」と呼ばれる製菓材料が登場し、さらに手軽にカステラが作れるようになりました。1980年代には大手製菓メーカーから発売されたカステラミックスの年間販売数は約200万個に達し、家庭でのカステラ作りブームを支えました。
これらの製品は伝統的な製法の本質を残しつつも、失敗しにくい配合と手順に簡略化されており、焼き菓子技術の裾野を広げる役割を果たしました。特に温度管理や撹拌の強さなど、職人の勘に頼っていた部分が標準化されたことで、初心者でも比較的安定した品質のカステラを作れるようになったのです。
伝統と簡便性の両立
平成時代に入ると、家庭向けレシピでありながらも伝統技法を取り入れた「本格派カステラ」のレシピも人気を集めるようになりました。1990年代のある調査では、家庭で作るカステラの約40%が「伝統的な製法を意識したもの」だったとされています。
現代では、基本の材料である卵、砂糖、小麦粉という伝統的な構成を守りながらも、家庭のオーブンでも美しく焼き上げられるよう、温度設定や焼成時間が最適化されたレシピが主流となっています。また、各家庭の好みに合わせた水分量の調整方法や、しっとり感を長持ちさせるための保存技術なども広く知られるようになりました。
このように、カステラの製法は職人の手から一般家庭へと広がり、時代とともに変化しながらも、その本質的な美味しさと価値を保ち続けているのです。
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